前回の記事「無年金期間60〜65歳の生活費1,120万円、どこに置く?」まで、資産をどう作り、どう使うかを考えてきました。
今回は少し先の話、その資産を誰にどう遺すかです。
独身で子どもがいないと、遺言を書かなかった場合の「デフォルトの相続人」が、想像以上に望んでいない相手になることがあります。
- 独身・子どもなしで、資産の遺し先を考え始めた方
- 兄弟姉妹はいるが疎遠で、負担をかけたくない方
- 「デジタル遺言」という言葉を見かけて気になっている方
という方の参考になればうれしいです。
前提条件
- 55歳、年収約500万円、勤続30年、独身、愛知県在住(賃貸)
- 資産約5,000万円
- 両親はすでに死亡、兄弟姉妹が1人(疎遠)→ このケースでの法定相続人は兄1人
そもそも独身・子なしだと、誰が相続人になるのか
配偶者も子もいない場合、法定相続人は民法の順位に従って決まります。
親(直系尊属)が健在なら親、すでに死亡していれば兄弟姉妹、兄弟姉妹も死亡していればその子(甥・姪)が代襲相続人になります。
つまり何も書かなければ、疎遠な兄弟姉妹や、会ったこともない甥・姪に資産が渡るということです。
これは望んでいる結果でしょうか。もし違うなら、遺言を書く理由はここにあります。
兄弟姉妹には遺留分がない、という有利な事実
👉 遺留分を主張できるのは、配偶者・子・親などの直系尊属だけです。兄弟姉妹には遺留分がありません(民法1042条)。
遺留分とは「最低限もらえる権利」のことですが、兄弟姉妹はこの権利を持ちません。
つまり遺言で「全財産を〇〇へ遺す」と書いてしまえば、兄弟姉妹や甥・姪は文句をつける法的手段がないということです。
配偶者や子がいる人の遺言は、遺留分侵害額請求というブレーキがかかる場面がありますが、独身・子なしで兄弟姉妹しかいない場合、遺言はほぼそのまま実現します。これが今回一番伝えたいポイントです。
なお相続税の基礎控除は、
3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数
で計算します。法定相続人が兄1人なら基礎控除は3,600万円。資産5,000万円のまま亡くなった場合、超える1,400万円分が相続税の課税対象になります(受け取る側が負担する税金です)。
友人・知人に遺す場合、贈与税ではなく相続税+2割加算
遺留分がないなら、いっそ「お世話になった友人に全部遺したい」と考える方もいると思います。そこで気になるのが税金です。
遺言で財産を渡す場合(遺贈)は、贈与税ではなく相続税がかかります。 贈与税は生きている間に財産を渡した場合の税金で、死後に遺言で渡す場合は相続税の扱いになります。
ただし友人は配偶者・子・親のいずれにも当たらないため、相続税額の2割加算の対象になります(兄弟姉妹も同じく対象です)。
具体的に、資産5,000万円を全額、友人に遺贈するケースで比べてみます。
① 遺言で友人に遺贈する場合(相続税)
- 基礎控除:3,000万円+600万円×1人(法定相続人=兄1人)=3,600万円
- 課税対象:5,000万円-3,600万円=1,400万円
- 相続税額:1,400万円×15%-50万円=160万円
- 友人は2割加算の対象:160万円×1.2=約192万円
② 生きているうちに一括で友人へ贈与する場合(贈与税)
- 基礎控除:110万円
- 課税対象:4,890万円
- 贈与税額:4,890万円×55%-400万円=約2,289万円
同じ5,000万円でも、生前贈与だと約2,289万円、遺言で遺贈すると約192万円。差は約2,100万円、12倍近くになります。
友人・知人・団体にまとまった資産を遺したいなら、生前贈与よりも遺言(遺贈)を使うほうが、税金の面で圧倒的に有利です。
なお遺言書に友人を書くときは、同姓同名の人と区別できるよう本名(戸籍上の氏名)・生年月日・住所を記載します。ここも電話番号やメールアドレスでは代用できません。
友人が受け取れなかった場合の備え:団体への遺贈と予備的遺言
「友人に遺したいが、その友人が先に亡くなっていたら、代わりに保護猫活動の団体に寄付したい」というケースも考えておきたいところです。
まず、寄付先の団体は正式名称(法人名)で特定する必要があります。「保護猫の団体」のような曖昧な書き方では、遺言執行者がどの団体か特定できず、その条項自体が無効になったり、判断に時間がかかったりするリスクがあります。似た名前の団体もあるので、事前に正式名称を確認しておきます。
そのうえで、友人が受け取れない場合の予備的遺言を書いておきます。
「友人Aに財産を遺贈する。ただし、Aが遺言者の死亡以前に死亡していた場合、または遺贈を放棄した場合は、〇〇(団体の正式名称)に遺贈する。」
これを書いておかないと、友人が先に死亡したり遺贈を放棄した場合、その分は遺言がなかったものとして扱われ、結局は法定相続人(兄)に渡ってしまいます。
また、寄付先の団体には事前に「遺贈の受け入れをしているか」を確認しておくと安心です。団体によっては受け入れ体制が整っていなかったり、現金以外の資産は断られたりする場合があります。
👉 さらに、寄付先が「認定NPO法人」であれば、遺言で直接遺贈した財産は相続税が非課税になる制度があります(措置法70条・相続税法12条)。
前述の通り、友人への遺贈は2割加算の対象で約192万円の相続税がかかりましたが、認定NPO法人への遺贈なら、条件を満たせば税金がゼロになる可能性があります。非認定のNPO法人だとこの非課税措置は使えないため、寄付先が認定を受けているかどうかは事前に確認しておきたいポイントです。
遺言の種類と、いま話題の「デジタル遺言」の現状
遺言には3つの法定方式があります。
- 自筆証書遺言:全文自筆・日付・署名・押印が必要(財産目録部分のみパソコン作成や資料コピーの添付も可)。費用はかからず書き直しも自由ですが、形式ミスで無効になるリスクがあります。
- 公正証書遺言:公証役場で証人2名の立会いのもと作成。もっとも確実で無効リスクがほぼありません。手数料は遺す財産の価額に応じて決まり、たとえば1人に5,000万円を遺す内容なら基本手数料33,000円+遺言加算13,000円=約46,000円が目安です。
- 秘密証書遺言:内容を誰にも見せず存在だけを証明してもらう方式。今はほとんど使われていません。
そして正直に触れておきたいのが「デジタル遺言」です。
現行の民法では、動画・音声・パソコン入力のみといった電磁的記録だけの遺言は無効です。遺言は法律で決められた方式に従わなければ効力を持ちません。
2026年6月に民法が改正され、法務局の本人確認のもとでパソコン・スマートフォンから作成する新方式「保管証書遺言」(いわゆるデジタル遺言)が第4の方式として新設されました。
ただし施行日はまだ決まっておらず、2026年8月時点では使えません。
民間企業が提供している「デジタル遺言」サービスの多くも、実際はエンディングノート的な情報整理サービスであり、法的な遺言としての効力は持たない点に注意が必要です。今のところ、確実に使えるのは自筆証書遺言と公正証書遺言の2つです。
自筆証書遺言、無効になりやすい注意点
自筆証書遺言を選ぶなら、形式ミスで無効にしないための注意点を押さえておきます(民法968条)。
必須の4点、1つでも欠けると無効
- 全文を自筆で書く(パソコン作成・代筆・録音はNG)
- 日付を自筆で記載する。年月日が特定できる書き方が必要で、「令和8年8月吉日」のような曖昧な日付は無効(「還暦の日」など特定できれば可)
- 氏名を自筆で記載する
- 押印する(認印で可、実印である必要はない)
財産目録だけは例外(2019年民法改正)
不動産や預金口座の一覧などの財産目録に限り、パソコン作成・通帳コピーの添付・代筆も認められています。ただしその場合は目録の各ページ(両面印刷なら両面とも)に署名押印が必要です。本文自体は依然として全文自筆が必須です。
訂正のルールが厳格
書き間違いを直す場合、①変更箇所を指示し、②変更した旨を付記して署名し、③変更箇所に押印——という3点セットを守る必要があります(民法968条3項)。これを守らずに二重線で消して書き直しただけだと訂正そのものが無効になり、元の記載が生きたまま扱われてしまいます。書き間違えた場合は、訂正するより最初から書き直すほうが安全です。
法務局保管制度でも中身までは審査されない
法務局保管制度を使うと、日付・氏名・押印の有無といった外形的なチェックは受けられますが、遺言の内容(誰に何を遺すかという記載自体)が有効かどうかまでは審査されません。「保管してもらえたから安心」ではなく、内容面の不安があれば公正証書遺言も検討する、という位置づけで考えたほうがよさそうです。
保管後に内容を書き換えたい場合、追加費用がかかる
法務局に預けた後で気が変わっても、預けた遺言書を法務局の窓口で直接書き直すことはできません。
住所や氏名など届出情報だけの変更なら変更の届出(無料、遺言書の本文はそのまま)で済みますが、遺言の内容そのもの(誰に何を遺すか)を変えたい場合は、いったん撤回(保管をやめて原本を返してもらう手続き、無料)をしてから、書き直した遺言書を改めて保管申請する2段階の手続きが必要です。
👉 つまり保管後に内容を書き換えるたびに、再保管の3,900円がもう一度かかります。 「一度預ければ追加費用なし」なのは内容を変えない場合の話で、書き換えを想定するなら、そのたびに書き直しの手間と費用が発生する点は覚えておきたいところです(出典:東京法務局・法務省の手数料一覧)。
実際の手続き
自筆証書遺言+法務局保管制度を使う場合
- 自筆で遺言書を作成する
- 本籍地・住所地・所有不動産のいずれかを管轄する法務局に、本人が出頭して保管を申請する
- 保管料3,900円を納付する(内容を変えない限り追加費用はなし)
- この制度を使えば、家庭裁判所の検認が不要になる
公正証書遺言を使う場合
- 証人2名を用意する(専門家や公証役場に手配を依頼することも可能)
- 公証役場で遺言者が口授し、公証人が筆記・読み聞かせを行う
- 遺言者・証人・公証人が署名押印して完成
- 手数料は財産価額に応じて数万円程度
疎遠な兄弟姉妹だけに手続きを任せる前提で考えるなら、検認が不要で紛失リスクも低い「自筆証書遺言+法務局保管」を軸に、内容の確実性を重視するなら公正証書遺言を選ぶ、という判断になります。
実際に自分が死んだら、どうやって伝わるのか
正直に言うと、これが一番気になっていた点です。
遺言を書いただけでは、法務局や公証役場が自動的に「死亡した」と検知して動き出すことはありません。誰かが探しに行かなければ発見されない、というのが前提です。
ここで役に立つのが、法務局保管制度の「死亡時通知(指定者通知)」です。
あらかじめ最大3名まで通知先を指定しておけば、法務局が戸籍情報との連携で遺言者の死亡を確認した時点で、指定した人に通知が届きます。疎遠な兄弟姉妹に発見を期待するのではなく、専門家や信頼できる友人を通知先に指定できるのが独身者にとって大きな意味を持ちます。
指定に必要なのは本名・生年月日・住所(続柄も記入)で、通知は登録した住所宛に郵送される想定です。電話番号やメールアドレスは申請書の必須項目ではありません。
正直に言うと、通知方法を電話やメールに変更できるという記載は法務省のページ上には見当たりませんでした。登録項目に電話番号・メールアドレスの欄がそもそもないので、住所宛の通知が前提と考えたほうがよさそうです(実際に利用する場合は、念のため管轄の法務局に確認することをおすすめします)。通知が届いた友人が「何をすればいいか」までは書かれていないので、事前に直接伝えておくのに加えて、連絡先はエンディングノートなどに別途残しておくと実務的です。
公正証書遺言の場合は、死後に利害関係人(相続人など)が全国の公証役場を対象にした遺言検索システムを使って探すことができますが、これも「相続人側が動く」前提の仕組みです。誰も探しに来ない可能性がある独身者には、指定者通知がある法務局保管制度のほうが安心材料になります。
遺言執行者は誰にするか
遺言の内容を実際に実現する(不動産の登記変更、金融機関での手続きなど)役割が遺言執行者です。専門家(弁護士・司法書士など)や、信頼できる友人・知人を指定できます。
指定がないと、疎遠な兄弟姉妹だけで手続きを進めることになり、時間も負担も大きくなりがちです。公正証書遺言を作る際に、専門家へ遺言執行者への就任を合わせて依頼しておくと、実務上の不安がひとつ減ります。
証券会社・ネット銀行のパスワードは遺言書に書かない
「デジタル資産をどう伝えるか」でよく悩むのが、証券会社やネット銀行のログインパスワードです。結論から言うと、遺言書には書かないほうがいいです。
- 法的効力がない:遺言書は「誰に何を遺すか」を決める文書で、パスワードのような管理情報を書いても法的な意味は持ちません
- 閲覧リスク:公正証書遺言の謄本は複数の相続人が取得でき、法務局保管の自筆証書遺言も相続人が内容証明を請求できます。パスワードを書くと、それを見た全員に知られてしまいます
- 陳腐化する:パスワードは変更されることが多く、実際に遺言が使われる(=本人死亡)時点では無効になっている可能性が高いです
- 死後にログインする行為自体がグレー:証券会社・ネット銀行の多くは名義人の死亡を把握すると口座を凍結し、以降は戸籍謄本や遺産分割協議書などの相続手続きを経ないと解約・払い出しできません。死後にIDとパスワードでログインして操作することは、不正アクセス禁止法や金融機関の利用規約(第三者へのID・パスワード提供禁止)に抵触するリスクがあり、「パスワードさえ伝えておけば代わりに手続きできる」という前提自体が実務上あまり機能しません
実務的にやるべきなのは、パスワードそのものより「どこに口座があるか」を伝えることです。証券会社名・銀行名・支店・おおよその口座番号だけを一覧にして財産目録やエンディングノートに残し、パスワードは別管理(パスワードマネージャーや金庫など)にしたうえで、保管場所だけを遺言執行者や信頼できる友人に伝えておきます。相続人や遺言執行者は最終的に正規の相続手続きで口座を解約するので、パスワードが実際に使われる場面はほとんどありません。
遺言だけでは足りない部分
遺言は「死後、誰にどの財産を渡すか」だけを決めるものです。それ以外に、独身者が備えておきたいことがあります。
- 死後事務委任契約:葬儀・納骨・行政手続き・デジタル遺品整理など、遺言では対応できない「死後の事務」を第三者に委任する契約
- 任意後見契約・財産管理委任契約:認知症などで判断能力が低下した場合や、病気で財産管理が難しくなった場合に備える生前の契約
- iDeCoの死亡給付金:遺言の対象になる相続財産とは別枠で、あらかじめ指定した受取人に渡ります。iDeCoの受け取り方の記事で触れた口座も、受取人指定を確認しておく必要があります
- 遺贈寄付:兄弟姉妹に遺す以外に、お世話になった団体やNPOへ寄付するという選択肢もあります
まとめ|独身・子なしの遺言で押さえておきたいこと
- 何も書かなければ、疎遠な兄弟姉妹や甥・姪が法定相続人になる
- 兄弟姉妹には遺留分がないため、遺言があればほぼそのまま実現する
- デジタル遺言(保管証書遺言)は2026年6月に法律上新設されたが、施行日未定でまだ使えない
- 確実に使えるのは自筆証書遺言(法務局保管、3,900円)と公正証書遺言(数万円)の2つ
- 発見されないリスクへの備えは、法務局保管制度の「死亡時通知」で通知先を指定しておくこと
- 遺言執行者の指定と、死後事務委任・受取人指定などの周辺対策も忘れずに
私自身も、まずは法務局保管制度を使った自筆証書遺言から検討してみようと思っています。
独身・子なしで資産の遺し先を考えている方の参考になればうれしいです。


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